かつて 天才 だっ た 俺 たち へ 歌詞。
「い られない」「 多面体」「 測れない」「測 らせる〜 ない」で[aeai]で脚韻。
- 「かつて天才だった俺たちへ」はヒップホップ特有の一般に敬遠されがちな言葉遣いも無く、キャッチーな歌サビも登場するのでいい意味で誰にでも親しみやすい楽曲になっています
- 「みにくいアヒルの子」で言えば、まだ自分が白鳥だと気づく前段階だろうか
- その過程で、自分をより一層深め、研ぎ澄ますことで、大きな波を乗りこなすことができるようになり、類まれなる成果や自分にとって本当に望ましい結果に辿り着くことができたのですね
- また、「測らせ る気もない」「 行く ぜ」「One, Two, Three, Four, Five」も[uioai]で脚韻している
- 菅田将暉とのコラボや 「THE FIRST TAKE」への出演などにより、日に日に世間の注目を集めていくCreepy Nuts
- 散々擦られてきた話題ではあるが、「高卒と中卒/偏屈で窮屈で低俗で軽率なポンコツとポンコツ(「たりないふたり」より抜粋)」のCreepy Nutsが大学のCMソングに起用されるというのは彼らにとってまた新たな金字塔だと思う
- 神童や天才だと思える人は歳を重ねるにつれて減っていくのです
- その思いを踏まえた上で、リリックを見ていくことにしよう
- 以上から、「 ご指導ご鞭撻のほど」は「たりふた」サンプリングだろうと考える
- 挫折を知らない幼かった頃の、まだ何にだってなれた自分
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かつての三者三様だったその姿はもはや見る影もありません。
そんな時は悩めるだけ悩め。
さらにR-指定の皮肉を込めつつも前へ向かって進んでいくリリックのパワーがグワーーッ!っと感じられて聴くと頭がウワーーッ!っと……はい。
また、「 ご指導ご鞭撻のほど」は、南海キャンディーズ山里亮太が蒼井優との結婚報告記者会見で言ったセリフだ。
まさに身近な 「 挫折を味わって大人になった」例です。
紙の切れ端に殴り書いた落書きや、自分なりに一生懸命オシャレした結果失笑を買った髪型、音楽理論に則っていないぐちゃぐちゃなオリジナルソングですら、続けていれば自分の可能性を開かせてくれるのかもしれないのに。
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「 くたばり」「 草葉の」で[kuaba]で頭韻。
もっと言えば、その可能性を閉じることができる唯一の存在が自分です。
また、「シカ トで」「カマ そうぜ」で[oe]でも踏んでいる。
この部分では、そういったRの劣等感を相対的に描いている。
それが、先述の「フェルマーの最終定理」だ。