大乗 仏教 と 小乗 仏教 の 違い。

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大乗非仏説の根拠のまとめ• 個人的には自ら出家する方が偉いと思うのですが、悪く言えば楽ができる(だから大衆にも広まった)大乗のが偉大とかどっちが劣るとか、そのような考え自体古いというかどうでもいいと気がします 住処浄:教団の反省会を複数個所でやってもOK• 現代の日本でも、自己啓発やビジネスで、 「 自分が幸せではないのに、人を幸せにできるはずがないから、まず自分が幸せになっていいのですよ」 と教える人があります
そして在家の中でより深くブッダの教えを実践したいと思う者がいれば、出家者の集まりがその受け皿となるわけです 大乗仏教は寛容な宗教ではありましたが、戒律などを廃したせいで他宗教の影響を受けやすいという部分もあったのです
世間でも、自分が儲かることばっかり考えて 人のことを全然考えていない人は、儲かるはずがありません また、仏教では、言葉を離れた真如を 離言真如 ( りごんしんにょ )といい、それを言葉で表されたものを 依言真如 ( えごんしんにょ )ということを、この人は知らないようです
だから釈迦の教えではないかもしれない(というか実際矛盾がある)しかし釈迦は大乗についてノーコメントなので絶対違うとも正しいとも分からない 部派仏教時代に確立した過去仏信仰においても、諸仏の教団は比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷の四衆によって支えられると明記されていた
とはどういうことか 今私はこの体になって死期の近いのがはっきりして来ると、もし仏教で説く三世因果が実際にあるとすれば、自分はだろうと思うと、不安と恐怖を禁ずることができない」 平田篤胤の妻は、それを聞いて驚き、やっと分かってくれたと喜びました
また出家は経済活動を行いませんから、衣食住全般を在家からの布施に頼ることになります 大乗仏教とはどういう教義を持っているのか 大乗仏教が生まれた背景 仏教の開祖である 釈迦 紀元前五世紀前後に活動してたとされる の死後から、数百年が経つあいだに、釈迦の率いていた教団は分裂し、さまざまな宗派が成立していくことになります
7世紀前半 : チベットに伝わる()• 大乗以前の初期経典は、釈尊が般涅槃に入った直後、その説法を側近の阿難尊者が口述し、五百名の阿羅漢が承認した「第一結集」の伝承によって権威付けられていたからである ブッダの教えにもっとも近い 初代仏教を原始仏教と呼ばれるようになります
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そこで、最後に近くの弟子たちを退け、妻を枕元に呼び寄せて、を打ち明けます よって「 大衆部 だいしゅぶ 」呼ばれるようになったのです
はるか時が下って十九世紀後半、明治の開国後、日本人は大乗仏教以外の仏教、約二千三百年前にアショーカ王のミッションを通じてスリランカに上陸し、東南アジア全域に布教された「上座部仏教」と初めて出会う という用語が現れたのは、かなり後に編纂された部派仏典のわずかな経論や 系・仏伝系の経典から
で、その本来の教えに忠実に修行をしようというのが上座部仏教です まず、大乗と小乗の違いの認識についてですが、少し違うと思います
これらが現代に続く大乗非仏説の根拠となっているのですが、 こうしてみると、この明治時代の説は、5つとも現代的には根拠にならないものばかりです 人間は千差万別ですので、Aさんに教えたものがBさんにも理解できるとは限らないので、いろんな人に向けて様々な形で(方便として)経典が作成されていきました
それに対し、 上座部仏教は基本的に自己完結的で、個人が修行し、「悟り」を開くことを目的としている宗派のことを指します これは宗派によって考え方が違います